最近 「生徒を褒めて伸ばす」と言う教え方が主流?のようです。

試験を合格するには「苦手教科の克服」「ケアレスミスを無くす」など欠点を見つけだすことに重点が置かれ、良いところをみつけるという機会が少ないような気がします。相手の良いところをみつけ「認める」という意味での褒めるということはとても良いことのはずです。
でもこれって「塾側が宣伝で使うこと?」と私は疑問を持ちます。何故なら本来の良い意味で使われる褒めるという行為は褒める側を成長させるもので有り、褒められる側には差程無いからです。良い目的で褒めるという行為を使ってないと思います。あくまで、その場しのぎの生徒に良い気持ちになって頂き、やる気を引き出すために使われてるように思えてなりません
 その場のやる気をださせるという意味で考えると大筋間違いではありません。しかし、これは他人によって操作されたやる気であり、真のやる気ではありません。ですから当然次のような弊害が出ます。
① プレッシャーのかからない試験には強いが、本番の試験に弱い。
② 好きな先生のときは多くを学ぶが、嫌いな先生のときはしなくなる。
③ 物事の本質がわからないで、判断基準が流行や他人任せになる。
④ 挫折感を味わったとき、自分に言い訳して挫折感を消す負け犬になる。または、そのまま挫折する。
 本来、「褒める」という行為は良いことだと思います。ですが他人を操作しようとか、褒めることで自分を気にいってもらおうなどという間違った使い方をすれば、上に書いたようなことが起こります。上には書きませんでしたが、下手に褒めると親子関係まで悪化するのでは?
 生徒が簡単に気持ちよくなるように教えたら必ず弊害がでます。気持ちよくないと勉強しなくなったり、甘い考えの生徒になり易いです。そして彼らは言い訳をして、気持ち悪い状況を回避します。最悪のケースだと欠点を指摘されただけでプイっとへそを曲げるものもいるでしょう。
また、上手に褒め続けて指導しても、何かアクシデントがあると対応能力が低く本番の重圧に負け失敗するケースも出てきます。
 私も生徒が頑張っていたり、良い点を取ったら褒めますが、多くの場合は褒められた本人に気持ちよくなって貰うためでなく、他の生徒に見習ってもらうことと、生徒本人を「認める」ために褒めます。また頑張ってるのに結果が出ない生徒を全否定すると、人間関係がギスギスして何が悪くて結果がでないのか考えなくなるので、良いことだけは褒めるという行為を通して生徒を認めます。
 「認める」という行為はとても大切で、好きな人を「認める」のは簡単でしょう。好きな人まで認めなくなったら、君は一人で生きて行くの?一人で生きて行くってちょっと男として格好良いと思いますが、他人を認めないとなるとただの独りよがりで格好良さも半減です。
少し話が脱線しましたが、嫌いな人でも良いところを見つけて「認める」ということが大切になってきます。嫌いな人を認めないというのは人格的にどうかと思いますし、その前に「君は嫌いな人から何も学ばないの?」となります。「認める」という行為で相手を嫌いだという感情も軽減されるでしょうし随分損をしていると思います.。好き嫌いだけでなく、能力が劣るものに対しても同じことが言えます。
褒めると同じような行為で成績上がったら何か物を買ってあげる父兄の方がいます。これって何の目的でやってますか?
ゲーム感覚で開催されたご家庭の楽しいイベントの商品ですか?
まさか「いくら努力しようが、結果が全て」だと社会の厳しさでも教えてるのですか?そして結果を出さないものには罰を与える。そして捨てる。お子様捨てないで下さいねwそこまで考えて実践してらっしゃるのなら、私には全く駄目だとは言いませんが、他のことでちゃんと暖かい親子関係を維持して下さい。徹底して実践なさって暗い家庭にならないようにお願いします。
 本来褒めるという行為は、他人を「認める」という行為を通して暖かい人間関係を作るためのものであり。他人を操作するためのものではありません。ですから「褒める」ということを強調している塾には「何のため?」と疑いを持ちます。
ご家庭では明るい人間関係をつくるため、また子供の行為を「認める」ためにどんどん褒めて下さい。そして悪いことをしたらきっちり叱って下さい。そして子供を監視でなく、よく観察して下さい。